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千葉地方裁判所 昭和34年(ワ)55号 判決

判  決

千葉市(以下略)

原告

右訴訟代理人弁護士

正田光治

城下利雄

大阪市(以下略)

(送達の場所 略)

被告

株式会社某新聞社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

菅野勘助

右当事者間の昭和三四年(ワ)第五五号名誉回復並損害賠償請求事件につき、当裁判所は次の通り判決する。

主文

一、被告は、原告に対し、つぎの謝罪広告を、本文は八ポイント活字をもつて、その他の部分は一四ポイント活字をもつて、朝日新聞、読売新聞及び被告発行の某新聞の各朝刊千葉版に、位置は突出し(新聞紙面下部の広告欄の真上)、面積は五・二五糎四方(縦横五・二五糎)にて、それぞれ、一回掲載せよ。

謝罪広告

昭和三一年一一月三〇日付某新聞朝刊千葉版トツプに「裁判長取調官と取引き」等の見出しをつけて掲載した貴殿に関する記事は、事実に反し、貴殿に対する世人の認識を誤らせ、貴殿の名誉を著しく傷つけ、誠に申訳ありません。

よつてここに深く陳謝します。

株式会社某新聞社

某 殿

二、被告は原告に対し金七〇万円及びこれに対する昭和三一年一二月一日以降右支払済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

三、原告のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は之を五分し、その二を原告の負担とし、その三を被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、つぎの謝罪広告を、本文は八ポイント活字をもつて、その他の部分は一四ポイント活字をもつて、朝日新聞、読売新聞、及び被告発行の某新聞の各朝刊千葉版に、位置は突出し(新聞紙面下部の広告欄真上)、面積は五・二五糎四方(縦・横五・二五糎)にてそれぞれ各一回掲載せよ。

謝罪広告

昭和三一年一一月三〇日付某新聞朝刊千葉版トツプに「裁判長取調官と取引き」等の見出しをつけて掲載した貴殿に関する記事は事実に反し、貴殿の名誉を著しく傷つけ、誠に申訳けありません。よつてここに深く陳謝するとともに、将来再びかような行為をしないことを誓約致します。

株式会社某新聞社

某 殿

被告は原告に対し金一二〇万円及びこれに対する昭和三一年一日以降右支払済に至る迄年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決、並びに金員の支払を求める部分につき仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、原告は、元、判事で、昭和二一年以来千葉地方裁判所に勤務し、同裁判所第一刑事部の裁判長の職にあつたものであるが、その在職中、同部に係属した昭和二九年一〇月八日起訴に係る伊東勝外二名に対する傷害致死、死体遺棄被告事件(所謂養老の子守殺し事件)(合議事件)を審理し、昭和三一年六月二九日有罪判決を言渡した。右事件は適法な控訴により東京高等裁判所第五刑事部に係属し、同部は右事件について、昭和三一年一二月一日及び二日の両日に亘り、千葉県市原警察署五井警部補派出所において多数の証人尋問をなし、且つ現場の検証をなす旨決定した。

二、被告は日刊新聞である某新聞の発行を業とし、社会的に高度の信用を持つている全国屈指の大新聞社であるが、右証拠調の前日である昭和三一年一一月三〇日その発行する某新聞同日付朝刊第二八九三六号千葉版の紙面約三分の一を使用して、「高裁近く現地で証人尋問(以上特初号活字大)」と横に白抜文字の大標題を掲げ、その下に「養老の子守殺し事件(以上一八ポイント活字)」と副題を設け、更に縦に六段抜きで「弁護人側(以上四号活字)デツチ上げを主張(以上初号活字)」と冒頭見出しをつけ、「一審は一家謀殺で有罪(以上初号活字)」と副見出しを設け、中見出しに三段抜きで「裁判長(一八ポイント活字)取調官と取引き(以上二号活字)(何れもゴシツク体)」同様三段抜きで「責められてウソ自供(以上一号活字)」、「勝ら訴う(以上八ポイント活字)昼夜ぶつ通し取調べ(以上一八ポイント活字)」、同様三段抜きにて「″事件について話さない″(以上二号活字)」、「裁判の威信にかかる(以上八ポイント活字)」等と何れも断定した見出しを付して別紙記載の通りの記事(但し、最後の「県警本部捜査一課田丸次席談」と題する部分の記事は同千葉版の第一、二版にはなく、第三版において追加掲載されたもの)を掲載し、約一二万部を印刷発行して千葉県下の不特定多数の読者に販売、閲読させた。

三、右記事は被告会社の被用者である被告会社千葉支局記者道村博がこれを取材し、(但し、東京高裁刑事五部の話とある部分の記事は除く)、被告会社の被用者である地方版編集主任川越義満及びその他の記事編集担当者等(所謂デスク)が編集したものに基き、被告会社が之を取上げて右新聞に掲載、報道したものであるが、およそ新聞の一般読者は記事を一字一句最終まで吟味、精読することをせず標題や見出し等に重点をおいて通覧粗読するのが普通であるから、当該新聞記事が人の名誉を毀損するものであるか否かは、右一般読者が当該新聞記事に掲載された断定的な大小の見出しや標題を通覧し、その他の記事を粗読して受けた所謂印象事実によつて判断すべきものと解すべきところ、前記記事には、

(1)前記の通り、冒頭に「高裁近く現地で証人尋問」という大見出しの下に所謂養老の子守殺し事件につき、「養老の子守殺し事件について、千葉地裁で行われた第一審判決は、裁判長が判決直前警察官と事件の内容を取引した疑いがある。しかも事件は警察官の拷問によつてねつ造されたもので他に例をみないえん罪である」という弁護人側の控訴趣意書に基いて東京高等裁判所第五刑事部では中村裁判長、脇田、鈴木両判事らが来月(昭和三一年一二月)一、二日の両日千葉県市原警察署五井警部補派出所に出張し、現場の検証と取調警察官を含む多数の証人尋問を行うことになつた旨の記事が掲載され、

(2)ついで、上段から四段に亘り養老事件の概要、一審判決理由と弁護人の控訴趣意書の各要旨をかかげ、これについで、その中央部に「裁判長取調官と取引き」なるゴシツク体三段抜きのセンセーシヨナルな断定的中見出しをつけて、これに記事の焦点を合わせ、その題下に伊東勝の控訴趣意書では″判検事の合作で私を有罪に陥れた″として、①判決のあつた一週間ほど前県警本部捜査課の主催で石井裁判長との会合がもたれ、本事件についての質問に対し石井裁判長は本件は仕方ないがこれからは取調べの時間を記載するよう内通した。これは石井裁判長が判決宣告に当り警察では取調べた時間を記載するようなことはないといつている点から裁判長が取調官に対し事件の内容を取引した疑がある。②昨年一二月末本件の審理中、判検事弁護士の会議があつた際石井裁判長は協議事項として明らかに本件を指して検察官として証拠の提出について考慮すべき点はないかと説明し、これに対し入戸野検事は色々証拠の不十分な点もありましようがなるたけそういう場合には有罪にしてもらいたいという趣旨のことを述べている。審理中の事件について第三者の批判さえ許さないという裁判長が審理中の事件について暗示するようなことは誠に不見識極まると非難しているという趣旨の記事が掲げられ、

(3)更に、右記事の後に原告を始め関係当事者の談話を掲載しているが、その中で「裁判の威信にかかる」という見出をつけ牛島弁護士談として「この事件は全くのえん罪である。第一審判決直前裁判長が拷問をやつた取調官たちと会合している。どんな話をしたかわからないが実に問題だ。このことは日本の裁判の威信のためにもはつきりさせたい。高裁の審理とは別に時期を見て訴追委員会に提訴したいと思つている。」との記事が掲載されているのであつて、

これらの記事は、前記「弁護人側デツチ上げを主張」「一審は一家謀殺で有罪」とか、「責められてウソ自供」、「勝ら訴う昼夜ぶつ通し取調べ」などの標題と相俟つて、必然的に、その一般読者に、「裁判長たる原告は、判決前に取調官と事件につき談合し、取調官から精神的又は物質的の価値ある何等かの供与又は職務上の便宜を受け、その代償として取調官の肩を持ち、その事件は被告人等が昼夜ぶつ通しの取調べを受け責められてウソを自供したデツチ上げ事件で全くのえん罪であるにも拘らず、原告は敢えて之に有罪判決を言渡したものであつて、その事を調査するために、東京高等裁判所は現地に出張して証拠調をすることになつた」という印象を与えたものである。しかしながら、原告は右記事によつて必然的に一般読者に与えられた印象事実に於ける様な行為などを毛頭なしたことがなく、即ち判決前に取調官と事件につき取引したことも、そのように疑われる様な行為をしたことも全くなく、右記事によつて、一般読者に与えられた印象事実の内容は全く虚偽無根の事実である。然るに拘らず、右記事は一般読者に右の様な印象を与え、之によつて一般読者に、原告が恰も印象事実に於ける様な行為を為したものであるかの様に思われるに至つたのであるから、原告は右記事の掲載された新聞が発行、販布されたことによつて、厳正公平なるべき裁判長としての原告の社会的評価を甚だしく低下せしめられて、その名誉を毀損されたものである。そして、これが為め、原告は精神上甚大な苦痛を蒙るに至つた。

四、而して、右は被告会社の代表機関の故意又は過失ある行為によるものであるから、被告会社は民法第七〇九条・第四四条によりその責任を負うべきである。すなわち、

本件記事の掲載された新聞は、被告会社の代表機関である代表取締役某同某両名及びその他の取締役と、その手足である本件記事の取材記者及びデスク(編集者等)の行為により、発行販売されたものであり、被告会社の代表機関は右新聞の発行・販売業務を執行するに際し、取材記者・編集担当者・その他発行・販売係等多数の従業員をその手足として使用し、右事業の執行をしたのであるから、これ等従業員の行為及びその故意・失過はとりもなおさず、代表機関そのものの行為及び故意過失となると解せられるところ、本件新聞記事を取材・編集した被告会社の道村取材記者及び川越編集主任等には、その取材編集の過程において後記の通り故意又は過失があつたから、結局右代表機関にも、右記事を掲載した新聞を発行・販売する業務を執行するに際し、故意・過失があつたものと云うべきである。のみならず、右代表機関は新聞の発行・販売の全過程においてこれを総攬総轄する地位にあるから、本件記事が取材編集されて千葉県下に約一二万部発行販売され、その結果原告の名誉が毀損されるに至ることは十分認識していたものであり、仮りに右認識がなかつたとしても、重大な過失があつたものと云わなければならない。よつて被告会社は民法第七〇九条・第四四条により右不法行為の責任を負わなければならない。

五、仮りに右主張が認められないとしても、原告の名誉の毀損されるに至つたのは、被告会社の取材担当記者道村博の故意又は過失による取材行為と、被告会社の編集主任川越義満その他の編集整理担当者等(所謂デスク)の故意又は過失による編集行為とに基く共同不法行為によるものであるから、被告会社は民法第七一五条によりその責任を負わなければならないものである。すなわち、

(1)本件記事は被告会社の千葉支局記者道村博が、伊東勝外二名の被告人及びその弁護人等の提出した控訴趣意書や関係者の談話その他の資料に基いて之を取材し、被告会社の地方版編集主任川越義満及びその他の編集整理担当者等(所謂デスク)が編集したものであるが、右道村博、川越義満その他の取材編集担当者等は、本件記事を取材・編集するに際し、殊更に東京高等裁判所第五刑事部の証拠調の前日を狙い、前記伊東勝の提出した控訴趣意書中裁判長が取調官と事件の内容を取引したとの事実関係は真実に反し、容易に信用できないものであることを知りながら敢て之を取り上げ、いたずらにニユースバリユー高き記事を作ることにのみ腐心して、裁判長たる原告の名誉を毀損することも顧慮せず、故意に「裁判長取調官と取引き」なる断定的な見出しをつけて、不実である控訴趣意書の要旨を掲げ、その裏付けとして前記のような牛島弁護士の談話を取材して掲載し、結局「裁判長取調官と取引き」という本文中央部のゴシツク体見出しにセーセーシヨナルに記事の焦点を合わせた表現形式を用いて本件記事を取材編集したものであるから、右道村・川越両名にはその取材・編集に際し、原告の名誉を毀損する故意があつたものと云うべきである。

(2)仮りに右記者及びデスクに故意なしとするも、多数の読者を有する新聞記事の影響は、極めて広く且つ深いことに留意し、個人の名誉に関する記事の掲載にあたつては報道の迅速性をある程度まで犠牲にしても、その真実性確保のため慎重に事実を調査し、記事の真否について細心の注意を払うべきことは、社会の公器たる新聞の発行業務に従事する者の義務であり、又現に係属中の訴訟事件に関する当事者の主張を報道するには、その内容によつては関係人の名誉を毀損する結果が生ずることに留意し、自己の主観的な判断に基くことなく、それが単に訴訟上の主張に止まる旨明示して、読者をして真実と誤認させないように注意るするのが、公正な立場に立つて客観的真実を社会に知らせる報道関係者の義務である。

しかるに本件記事を取材した道村記者は、記事掲載の前日、原告に電話で形式的な質問をしただけで、記事にする決意前に直接原告に会つて弁明を聞く等の慎重さをもたず、軽卒にも前記の如き記事、即ち原告がその事件の判決直前警察官と会合して事件の内容を取引した事実があつたものと即断し、又前記被告会社のデスクもこれにたやすく同調して、前記控訴趣意書に記載された被告人等の主張が真実であるが如く断定し、一般読者にこのような印象を与える程度に誇張した記事として取材・編集したのであるから、この点につき右取材記者及び編集担当者等に過失があつたのである。

しかして新聞は記事の取材・編集が終り、且つその印刷校正が完了し、その発行の決定があれば、その後は機械的に印刷・発行・販売されるものであるから、右道村・川越の取材編集行為は、本件新聞が発行販売され、その結果前記(三)記載の通り原告の名誉が毀損されるに至つたことに対して直接の因果関係を有して居り、したがつて被告会社の被用者である右取材記者及び編集担当者等は被告会社の事業を執行するにつき、故意又は過失により原告の名誉を毀損して損害を加えたものと云うべきであるから、被告会社は民法第七一五条により右損害を賠償すべき義務がある。

六、次に

(1)原告は大正一二年三月東京帝国大学法学部英法科を卒業後、昭和二年一二月福岡地方裁判所小倉支部兼小倉区裁判所予備判事に任官し、爾来昭和三二年一一月一四日千葉地方裁判所判事を退職する迄三〇年間裁判官の職にあつたもので、本件新聞が発行販売された当時は千葉地方裁判所刑事合議部裁判長、刑事部の総括者(俗称刑事部長)、常置委員、上席部長(所長代理)、千葉県優生保護委員、千葉弁護士会懲戒委員等の職に在り、相当な社会的地位を有していたものである。

(2)しかるに本件記事の掲載された新聞が発行販売されたため、原告はその名誉を甚だしく毀損せられ、一般世人からはその職務の公正なる執行について疑惑をもたれるに至つたばかりでなく、裁判官会議の席上で弁明したり、あるいは上級官庁に対し弁明的報告等をせざるを得ない立場に立たされ、又かような疑惑を払拭するためには本件記事の発端とみられる牛島弁護士を告訴せざるを得ない立場に陥り、更にはこの告訴が原因となつて忌避の申請までされる等職務の執行にまで支障を生ずるに至り、原告の蒙つた有形無形の損害は極めて深刻である。加えて、本件記事の社会的影響は意外に広範囲かつ長期に亘るものであつて、その精神的圧迫感は今に至るも未だ拭い難く、特別の信頼関係ある人は別として、それ以外の人にはそれに対する毎に弁明せずにはおられないような立場に陥つて居り、その苦痛は他人の想像を絶するものがある。のみならず、判事在職中は、独立の官職にある者として訴えるに所なき有様であつたし、又、新聞報道があつた為めにその地位から逃げたと疑われることも心外であつたので転任する気にもなれず、昭和三二年一一月一四日裁判官の任期満了を機会に退職するに至るまで日夜懊悩煩悶を重ね、しかも辞職の後に於ても世人の疑惑は依然解けず、原告の右退職は本件記事内容に似たような事実があつたためであろうとの疑を持つているものが千葉県下並びに東京都内に相当あるように思われる現状である。斯る次第で原告の受けた精神的苦痛は今に至るもなお存し、将来にも暗雲がかかつているのである。

(3)而して、これ等の諸事情と本件記事の内容とその販布部数、被告会社の社会的地位、前後三〇年間社会的信用と名誉とを生命とする裁判官の職にあつて清廉潔白・厳正公平にその職務を執行し、その間何等の非難をも受けたことのない原告の地位ないし身分、殊に有終の美を遂げ、裁判官として一生を終りたいと念願していた希望を失い、退職を決意するに至つた原告の精神的打撃等の事情とを参酌すれば、原告の蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料の額は、金一二〇万円と算定するのが相当であり、又、毀損された名誉回復の方法としては、請求の趣旨に記載の謝罪広告をさせるのが相当である。

七、よつて被告に対し右慰藉料金一二〇万円及びこれに対する本件新聞を販布して原告の名誉を毀損した日の翌日である昭和三〇年一二月一日以降右完済に至る迄民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払並に請求の趣旨記載の謝罪広告を命ずる裁判を求めるため、本訴請求に及んだと述べ、

被告主張の事実中、真実証明の対象として主張する(1)、(5)の事実、及び伊東勝提出の控訴趣意書にその主張の如き記載のあることは認める、道村記者が、本件記事取材に際し、牛島弁護士から被告主張の如きことを聞いたことは不知、その余の事実はすべて争う。

一、被告は本件記事は控訴趣意書の内容をそのまま引用し、事実を客観的に報道したものであると主張するが、本件記事が前記請求原因(三)に述べた通りの印象を与えた以上、被告主張の如く控訴趣意書の内容を忠実に報道したということはできないばかりでなく、現に係属中の訴訟事件に関する当事者の主張(控訴趣意書の記載)を客観的に報道した場合でも、個人の名誉を毀損する結果を生ずる事項は、それが公判期日に陳述されただけでは足らず、その内容が真実であることを証明しなければ不法行為の責任を免れ得ないものである。

二、又真実証明に関する被告の主張は所謂記事の主要な部分を独断的に決め、真実証明の対象をすりかえるものである。本件における真実証明の対象は、本件記事が一般読者に与えた印象事実そのものであつて、少くとも(1)、判決のあつた一週間程前に県警捜査課と裁判長である原告との会合があつて、その際右原告が取調の時間の記載方につき内通したこと、(2)、昨年(昭和三〇年)一二月末本件の審理中、判検事・弁護士の会議があつて、その際原告が検察官に対し養老事件の証拠の提出方について暗示するようなことを云つたこと、(3)、現実に原告が取調官と養老事件の内容を取引した事実があること、(4)、養老事件は被告人等が昼夜ぶつ通しの取調べを受け、責められてウソを自供したデツチ上げ事件で全くのえん罪であるにも拘らず、原告は敢て之に有罪を言渡したことについてその真実であるとの証明がなさるべきものであるところ、右はいずれも真実に反する虚構の事実である。

三、のみならず原告が取調官と取引したと疑われるような事実も亦存在しない。すなわち、

(1)昭和三一年二月二四日千葉県警察本部刑事部の主催で開かれたさざなみ荘の会合は、右千葉県警察本部刑事部と千葉地方裁判所刑事部との令状及び公判関係についての研究会であつて、裁判所長の裁決を経て開かれたものであり、而かも原告は公判関係の判事として他の裁判所関係者と共に出席し、意見を述べたに過ぎないから、右会合に出席したことは、何等非難さるべきことではない。

(2)又右研究会の席上、原告は留置中の被疑者の取調時間を明らかにするため、留置係のような所で出所時間を記録しておくと公判審理の上で無駄が省けるという趣旨のことは述べたが、これは当然のことであつて特に養老事件のみに関係のあることではないし、その他自己の審理中の事件の争点、殊に「本件は仕方がないが、これから取調べの時間を記載するように」等と述べたことはない。

(3)この点に関するその他の被告主張事実はいずれも原告が取調官と取引したとの事実を疑わせる事実ではなく、伊東勝提出の控訴趣意書及び本件記事は右会合を判決直前の会合とし、その席上における原告の発言を無理に養老事件に絡ませているに過ぎないものであつて、右事実の存在を疑うに足りる事実は全く存在しなかつたものである。

四、次に被告は本件記事による印象事実が真実であると信ずるにつき相当の理由があつたと主張するが、伊東勝提出の控訴趣意書の一部にある「裁判長が取調官と事件の内容を取引した」との主張について道村記者が牛島弁護人から「裁判官の直系の書記官から聞いたから間違いない」と聞いたとしても、被告人又は弁護人は往々相手方の迷惑を考えず勝手な主張をするものであるから、右事実のみを以てしては未だ前記印象事実を真実であると認める相当の理由があつたことにはならない。而かも道村記者は牛島弁護士の言により進んで裁判官の直系の書記官に会つてその真偽を確めたことはないし、又本件記事中、牛島弁護士を除く原告その他の関係人の談話はすべて右控訴趣意書の内容につき否定的であつたから、取材上はむしろ判決前の会合乃至取引は真実でないと判断され得たものであつたに拘らず、敢て本件記事を報道したものであるから、右事実が真実であると信ずべき相当の理由などはない。

と述べ、

立証(省略)

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として原告主張の事実中、原告が元判事で昭和二一年以来千葉地方裁判所第一刑事部の裁判長の職にあつて、伊東勝外二名に対する傷害致死死体遺棄被告事件(所謂養老の子守殺し事件)の審理を為し、昭和三一年六月二九日有罪判決を言渡したこと、その後右事件が適法な控訴により東京高等裁判所第五刑事部に係属し、同裁判所が右事件につき昭和三一年一二月一、二の両日千葉県市原警察署五井警部補派出所に出張して証人尋問をなし、かつ現場の検証をなす旨決定したこと、被告が某新聞の発行を業としている新聞社で、昭和三一年一一月三〇日原告主張の如き見出しをつけてその主張通りの記事を掲載した同日付朝刊を発行して千葉県下の不特定多数の読者に販布閲読させたこと(但しその発行部数が一二万部であつたこと、「裁判長取調官と取引」なる断定的見出しをつけたことは除く)、右記事は被告の被用者である被告会社千葉支局記者道村博がこれを取材し(但し、東京高裁刑事五部の話とある部分の関係記事は除く)、被告の被用者である地方版編集主任川越義満(所謂デスク)が編集したものであること、新聞業務にたづさわるものが、新聞記事の真否につき細心の注意を払い、公正な立場に立つて客観的事実を社会に知らせる義務のあること、道村記者が本件記事掲載の前日原告に電話で質問したこと、原告がその請求原因六の(1)において主張する通りの経歴を有すること、原告が牛島弁護士を告訴したこと、以上の事実はいずれもこれを認める。本件記事掲載当時原告が相当の社会的地位を有していたこと、及び原告がその請求原因六の(2)において主張する事実は不知(但し、原告の名誉が毀損されたこと、及び原告が牛島弁護士を告訴したことは除く)、その余の原告主張事実はすべて争うと述べ、

一、本件記事は養老事件の経過並びに控訴趣意書の記載内容と之に対する各関係者の意見を客観的に報道したものであつて記事自体何等原告の名誉を毀損するものではなく、又一般読者に原告主張の如き印象事実を与えるものでもない。すなわち、本件記事は右側最上部に地文入り七倍活字で「高裁近く現地で証人尋問」という横書きの標題をつけ、その下に三倍のゴシツク体活字で「養老の子守殺し事件」と副題を掲げ、その下部右側に「弁護人側デツチ上げを主張」として、まず本件記事は弁護人側の主張がその主要な内容であることを明示し、しかも前文には「『養老の子守殺し事件について千葉地裁で行われた第一審判決は裁判長が判決直前警察取調官と事件の内容を取引した疑がある。しかも事件は警察官の拷問によつて造られたもので、他に例をみないえん罪である、』という弁護人側の控訴趣意書に基き云々ーーー」と掲載し、あくまで控訴趣意書の内容を引用しつつ弁護人側の主張を記載して事実を客観的に報道し、又本件記事の中段に掲載されている「裁判長取調官と取引き」なる標題も、右弁護人側及び被告人伊東勝の主張に関する見出しとして之を表現したものであり、以下之を受けた本文でも「伊東勝提出の控訴趣意書では判検事合作で私を無実の罪に陥れたとしてーーー」と控訴趣意書の内容を引用しつつ、伊東勝が主張していることをそのまま掲載したものであつて、原告主張の如く「裁判長が取調官と取引したこと」を断定的に摘示したものではない。尚本件記事の終りに、原告を始め赤田県警本部長、牛島弁護士、田尻県警本部捜査課長、東京高裁刑事五部の各関係者の談話を掲載したのは、本件記事を客観的な報道記事たらしめるため特に右関係者の意見を公平に取材報道したに過ぎない。よつて本件記事は控訴趣意書の内容をそのまま引用して事実を客観的に報道したものであるから、何等原告を悔辱し、若しくはその名誉を毀損するものではないし、又右記事の形式表現方法においても、何等誤つた点はないから原告主張の如き印象事実を与えるものでもない。

二、仮りに本件記事が原告主張の如き印象事実を与えたとしても、右は原告個人の名誉を毀損するものではない。即ち、裁判長は裁判所法第二六条第二、三項で定められた身分であつて、訴訟法上訴訟事件につき裁判権を行使する国家機関の合議体裁判所の構成要員の一裁判官であるから、裁判長としての名誉や、裁判所・裁判官のなす裁判の威信を保持せねばならぬのは国家自身である。したがつて本件記事により裁判長の名誉が毀損されたとしても、それは国家機関である裁判所・裁判長の名誉が毀損されたに過ぎないのであつて、原告個人の名誉が毀損されたのではないから、原告に本訴請求を為す権利はない。

三、次に被告会社の代表機関及び取材編集担当者等に故意・過失はない。

本件記事は被告会社の代表者及び取材・編集担当者等が、新聞報道の公正を期し、裁判に対する国民の信頼と公平感に関する公益に資するため、事実を客観的に報道したに過ぎないのであつて、原告の名誉を毀損する意図をもつて故意に事実を歪曲し、虚構の事実を掲載して本件記事を報道したものではないし、その他右報道をするに際し、原告の如何なる権利をも侵害する認識もなかつたものである。

又道村記者は本件記事を報道するに際し、現に東京高裁第五刑事部に係属する伊東勝外二名に対する傷害致死等被告事件(養老事件)につき、とくに控訴趣意書による被告人等の主張をありのまま取材し、右被告人等の主張する取調官の拷問による取調については、その当時の責任者赤田県警本部長の意見を、又原告が右事件の一審判決前に取調官等と交渉をもつた点については、弁護人牛島定、その他鈴木兼吉、田丸良太郎及び原告等の各意見をそれぞれ取材し、かつその他必要な調査をした上、検証、証人調べの場所・日時については東京高裁第五刑事部に問合わせて取材、報道したものであつて、新聞記者としてなすべき通常の注意は充分に果しており、又本件記事の形式も前述の通り控訴趣意書の内容を引用する形式をとつているからその編集に何等の過誤もない。よつて被告会社の代表機関や取材・編集担当者等に故意過失はない。

四、仮りに本件記事が原告の名誉を毀損するものであるとしても、元来新聞事業は社会的報道機関としての性格上、取材の自由と報道の自由とを有し、これは新聞事業の生命とも云うべきものであるところ、昭和二〇年一二月二六日法律第六一号を以て廃止された新聞紙法並に出版法は、新聞に掲載した事実が、人の名誉を毀損した場合にも、それが私行に渉るものを除くの外、悪意に出でず、専ら公益のためにするもので、かつ事実の真実なることが証明されたときは、これを罰せず、公訴に関連する損害賠償の義務を免れると規定していたし、又現行刑法第二三〇条も公務員に対する名誉毀損において、事実が真実なることを証明したときは之を罰しない旨規定していることに徴し、現在の民事上の不法行為責任についても、新聞記事により公務員の名誉を毀損した場合において、それが専ら公益を図る目的でなされ、かつ事実が真実であることの証明があつたときは新聞企業の正当な業務行為として、責任又は違法性を阻却し、不法行為の責任を負わないと解すべきであるところ、本件において、原告は裁判官たる公務員であり、而も本件記事は原告が裁判長としてなした職務の執行に関するものであつて、原告主張の印象事実中、その主要な部分である次の事実はすべて真実であつて、原告が当時取調官と取引したと疑われても止むを得ない事実があつた。すなわち、

(1)原告は養老事件の判決前、被告人等から無理な取調べをしたということで非難されていた篠塚一治、鈴木義夫両警察官の勤務する千葉県警察本部刑事部の主催で、同年二月二四日さざなみ荘で開催された「裁判所警察連絡研究会」に他の裁判官、書記官と共に出席し、

(2)右席上所謂養老事件の審理の過程において、激しく非難され、論議された重要な争点や、これに関連する捜査技術上の問題が、勿論具体的な形はさけているが、一般的、抽象的な形において取り上げられ、かつ質疑応答が重ねられたところ、原告はこれに関し、「近頃よく非難されるのは、しばしば夜遅くまで調べられて肉体的に苦痛を感じて、もうどうなつてもよいと思つて自白したとか云うのが多くなつてき云々ーーー何か記録にとつておけば話が簡単にすむと思う、」とか、或は「本件は仕方がないが、これからは取調べ時間を記載するように、」と発言し、その結果、同県警本部では今後警察における取調時間を記録しておくよう各警察に通達し、

(3)原告が右養老事件の判決言渡に際し、「本件は自白の任意性が相当問題になつている、大きな声でどなつたとかいう心理的な拷問は認めるが、暴行による拷問は認めない、ただ問題は深夜にわたつて、警察官が取調べを続けたかどうかという点であるが、警察では時間を記載するようなことはない、」という趣旨の発言を為し、

た事実があり、

(4)以上の(1)乃至(3)の事実によつて、被告人伊東勝は原告の言動を強く非難し、その控訴趣意書の中で、「裁判長が取調官と事件の内容を取引した」疑があると主張して居るものであり、これは一般的に云つてもそのように疑われても亦やむを得ないことであるし、

(5)又、養老事件の被告人伊東勝外二名及びその弁護人等は、本件記事に掲載されている通りの主張を為して、右被告事件を争つたが、裁判長である原告から本件記事のような理由で有罪判決を受けたので、本件記事に掲載された通りの控訴趣意書を提出して之に反論し、その結果東京高裁刑事五部が本件記事の通り証拠調を行うに至つた。

事実もあり、

これ等はすべて真実であつて、これらの事実、殊に原告が養老事件の判決前、その心証形成の途上において、右事件と関係のある捜査官と会合し、同事件に関連すると思われる発言をしたことからすれば、原告が、当時、その主張の印象事実に於ける様な行為を為したと疑われるに足りる相当の事由があつたと云うべきである。よつて本件記事はその真実証明があるから、被告会社に不法行為の責任はない。

五、仮りに右真実証明がないとしても、被告会社の道村記者は、前記(三)において詳述した通り、新聞記者として通常払うべき注意を払つて、本件記事を取材し、更に伊東勝提出の控訴趣意書にある裁判長が判決前取調官と取引した疑がある旨の主張については、その事実及び情報の出所につき、その主任弁護人牛島定に尋ね、同弁護士から「裁判官の直系の書記官から聞いたから間違ない」との回答を得、その結果、真実であると信じて前記記事原稿を作成送付し、之を受領した川越編集主任も亦之を信じ、記事として編集したものであつて、右取材の経過に照らすと、同人等がそれを真実と信ずるについては、相当な理由があつたものと云うべきである。よつて被告会社に本件名誉毀損による責任はない。

以上の次第であるから、原告の本訴請求は失当であると述べ、

立証(省略)

理由

原告が元判事で、昭和二一年以来千葉地方裁判所に勤務し、同裁判所第一刑事部の裁判長の職にあつたこと、その在職中、同部に係属した同二九年一〇月八日起訴に係る伊東勝外二名に対する傷害致死・死体遺棄・被告事件(所謂養老の子守殺し事件)を審理し、同三一年六月二九日有罪判決を言渡したこと、右被告事件は適法な控訴により東京高等裁判所第五刑事部に係属し、同部が右事件について昭和三一年一二月一日及び二日の両日に亘り、千葉県市原警察署五井警部補派出所に出張して警察官を含む多数の証人尋問をなし、かつ現場の検証をなす旨決定したこと、被告会社が日刊新聞である某新聞の発行販売を業とする会社であること、被告会社が前記東京高等裁判所刑事第五部が施行することになつた証拠調の前日である昭和三一年一一月三〇日、その発行する某新聞の同日付朝刊第二八九三六号千葉版に、その紙面の約三分の一を使用して、原告主張の見出し(活字の大きさも含む)(但し、「裁判長取調官と取引き」なる見出しが断定的であるとの点は除く)を付した別紙記載の通りの記事を掲載し(但し、最後の「県警本部捜査一課田丸次席談」と題する記事の部分は同千葉版の一、二版にはなく、第三版において追加掲載されたもの)、之を千葉県下の不特定・多数の読者に販売閲読させたことはいずれも当事者間に争いなく、(証拠省略)右記事を掲載した新聞の発売部数は約一〇万部であつたことが認められる。

仍て、先ず本件記事が原告の名誉を毀損するものであるか否かについて判断するに、凡そ特定の新聞記事の内容が事実に反し人の名誉を毀損するものであるか否かは、一般読者の通常の興味、注意の置きどころと通常の読み方とを基準とし、之によつて、一般読者が当該記事から受ける印象事実に従つて判断するのが相当であるところ、前記当事者間に争いない本件記事の内容及びその表現形式を成立に争いない甲第一号証に照して考察すると、次の事実を認めることができる。すなわち、

一、本件記事はまずその冒頭上段に横ならび白抜き特初号の大活字で「高裁近く現地で証人尋問」と大標題を掲げ、その下に一八ポイント活字で「養老の子守殺し事件」と副標題を掲げ、更に縦に六段抜きで「弁護人側(以上四号活字)デツチ上げを主張(以上初号活字)」と大々的に見出しをつけ、之に「一審は一家謀殺で有罪(以上初号活字)」の副見出しをつけ、以下四段抜きで「養老の子守殺し事件について千葉地裁で行われた第一審判決は裁判長が判決直前警察官と事件の内容を取引した疑いがある。しかも事件は警察官の拷問によつてねつ造されたもので他に例をみないえん罪である、」という弁護人側の控訴趣意書に基き、東京高等裁判所第五刑事部が来月(昭和三一年一二月)一、二日の両日千葉県市原警察署五井警部補派出所に出張、現場の検証を行うと共に、取調警察官を含む二二名の証人尋問を行うことになつた旨記載し、以下右養老の子守殺し事件の概要、一審判決理由、弁護人等の主張の要旨を掲げているところ、本件記事はこれによつて先ず被告人・弁護人等が右被告事件は取調警察官の一方的なデツチ上げによるものであつて、全くのえん罪であることを強く主張しているとの印象を一般読者に与えていること、

二、続いて本件記事の中段には、三段抜きのゴシツク体活字で「裁判長(以上一八ポイント活字)取調官と取引き(以上二号活字)」と著しく読者の興味と注意とを引く見出しをつけ、以下之を受けて「伊東勝提出の控訴趣意書では″判検事合作で私を無実の罪に陥れた″として」なる書き出しの下に、①判決のあつた一週間程前の県警捜査課と石井裁判長との会合があつて、その際裁判長が取調官に取調時間の記載方につき内通して事件の内容を取引した疑がある。②昨年(昭和三〇年)一二月末本件の審理中、判検事弁護士の三者合同会議があつた際、石井裁判長は検察官に対し、本件の証拠の提出方について暗示するような発言を為した旨の記事があり、その末段には、審理中の事件については第三者の批判さえ許さないという裁判長が審理中の事件について暗示するようなことは誠に不見識極まると非難している旨の記事が附加されていること、

三、而して、本件記事の中、他の被告人弁護人その他第三者の主張に関する部分については、例えば前記「デツチ上げを主張」の見出しには「弁護人側ーーー主張」という註釈的文字が、後記「責められウソ自供」という見出しの副題である「昼夜ぶつ通し取調べ」には「勝ら訴うーーー」という註釈的文字が、それぞれ付されており、それに続くところの「事件について話さない」なる見出しには、″ ″が付されていて、いずれも右見出し及び之を受けた本文の内容が第三者の主張であることを明示する方法をとりながら、前記「裁判長取調官と取引き」なる見出しのみはその様な取扱をせず、形式上は全く断定的になつていて、著しく読者の目を驚かし、これに剌激的な印象を与えるものであること、しかも以下これを受けた本文の記事は、前述の通り、「伊東勝の控訴趣意書によればーーー」と書き出した以外に特に右控訴趣意書引用の部分に「 」を付するか、その他「伊東勝の主張」と冒頭に黒文字で大きく書き出す等、それが伊東勝の主観的主張であることを明示する特段の書き方はなされておらず、前記「裁判長取調官と取引き」なる断定的な標題と相俊つて、一般読者にとり右記事の内容が伊東勝の主観的意見の引用であることを看過し易い形式になつていること、

四、更に右記事に続いて、三段抜きで「責められウソ自供(以上一号活字)」「勝ら訴う(以上八ポイント活字)昼夜ぶつ通し取調べ(以上一八ポイント活字)」なる見出しをつけ、以下これに見合う本文の記事を掲げて再び被告人が捜査官に無理な取調べ受け、その結果やむなく自供したことを強く訴えていることを大々的に取り上げて、一般読者にその旨の印象を与えており、而かも最後には「裁判の威信にかかる(以上八ポイント活字)」との小見出しをつけて右被告人等の主任弁護人である牛島弁護士談として、「第一審判決前裁判長が拷問をやつた取調官たちと会合している、どんな話をしたかわからないが実に問題だ、このことは日本の裁判の威信のためにもはつきりさせたい」旨の談話を掲載し、前記「裁判長取調官と取引き」なる見出しとこの見出しの下に続く伊東勝提出の控訴趣意書を引用して掲載した記事内容を強く肯定する記事を換げていること、

以上の事実が認められるのであつて、上記「高裁近く現地で証人尋問」、「弁護人側デツチ上げを主張」なる大見出しと「一審は一家謀殺で有罪」なる副見出しと「裁判長取調官と取引」「責められてウソ自供」なる中見出しとを関連せしめて一読するときは、一般読者の注意と興味とが、まず「裁判長取調官と取引き」なる異状な中見出しに集注することは必定であつて、この異状な中見出しに関連し、これを中心としてその注意と興味とは他の見出しに移るものと云うべく、このような見出しのつけ方、その見出しの文言配列、及び右各見出しを受けた本文の記事の内容・配列、並びにその表現形式等を綜合すれば、本件記事は一般読者に、裁判長である原告が、被告人等を拷問して取調べたと攻撃されている取調官と判決直前に会合して、取調べ時間等につき互いに意見を交換し、不正に事件の内容を取引したこと、及びその結果右被告人等に対する傷害致死等被告事件(養老事件)は全くのえん罪であるにも拘らず、敢て之に有罪判決を言い渡したのではないかとの印象を与えたものと認定するのが相当であると云うべく、(中略)右認定を動かすに足りる証拠はない。

しわして新聞記事によつて、一般読者に右の様な印象を与えられることは、その裁判長にとつては、最大の不名誉であると云い得るから、それがその裁判長の名誉を毀損するものであることは論議の余地のないものであるところ、裁判長は訴訟法上訴訟事件につき裁判権を行使する国家機関ではあるが、その機関を構成するものはあくまでも個人であるから、その個人が国家機関である裁判長の地位にある限り、その地位と一体化した個人として、その行為、人格、名声等に関し裁判長としての名誉を有しているものと云うべく、従つて、原告は、裁判長たる原告個人として、前記の様な内容の記事を掲載した本件新聞が発行・販売されたことによつて、その名誉が毀損されたものと云わなければならない。

次に、本件名誉毀損が、原告主張の如く被告会社の代表機関の故意又は過失ある行為によるものであるか否かについて判断するに、被告会社の代表機関がその機構上、取材記者・編集担当者等を自己の手足として使用していること、したがつて本件記事も右取材・編集担当者等を自己の手足として使用し、自己の意思に基いて之を取材編集したことを認めるに足る証拠はない。尤も右取材記者及び編集担当者らが被告会社の被用者であつて被告会社の代表機関の監督を受けることは云うまでもないところであるが、そのことから直ちに右被用者らがその与えられた職務を行うにつき、右代表機関の単なる手足として行動しているものとは解し難く却つて、本件記事中東京高裁刑事五部の話とある部分を除くその余の記事は、すべて被告会社の被用者である千葉支局取材記者道村博がこれを取材し、被告会社の地方版編集主任川越義満(デスク)が右取材に基き編集したものであることは当事者間に争いないところ、右事実に、(証拠省略)を綜合すると次の事実を認めることができる。すなわち、(一)、被告会社東京本社において特定の記事が新聞に掲載されて発行販売されるまでの過程は、これを地方版について云えば、先ず各地方に派遣されている取材記者が自己の取材し作成した記事の原稿を、原則として地方支局を通じて東京本社の編集局地方部宛に電話。モノタイプ又は汽車便等の方法によつて送付し、これを受けた地方部の編集担当者(主任)は、ニユースバリユーの高低によつて取捨選択を為した上、之に格付し、更に記事内容を検討した上、それぞれの記事に見合う見出しを付して、所謂編集をすること、(二)、その後右編集されたものを工務局に所属する印刷工場に出稿し、仮刷のできたものを更に編集主任が校閲して記事としての最終的決定をすれば、その後は所定の各係を経て機械的に発行・販売されること、(三)しかして右取材記者の送稿した記事原稿の取捨選択、その紙面における構成、之に付する見出しの位置・文言・大きさの決定等は、通常ほとんど編集主任に任かされており、被告会社の代表機関は勿論のこと、機構上右編集主任の上司である編集局長や地方部の部長・副部長も、特別の場合に限つて、部長・副部長等が具体的に指示することのある外は、ほとんど直接之に関与していないこと、(四)本件記事も、東京高裁刑事五部とある部分を除き、その他はすべて道村記者が同入の取材した資料に基き作成した原稿を東京本社に送稿し、之を受領した川越編集主任が右原稿をそのまま採用し、之に東京本社で取材した前記東京高裁刑事五部の話とある部分を追加し、前記認定の見出しを付し、本件記事として編集した上、之を印刷に付し、その後は機械的に本件記事の掲載された新聞として発行・販売されるに至つたものであること、(五)したがつて被告会社の代表機関は本件記事の取材編集については勿論のこと、之を掲載した新聞を発行・販売するにつき、直接かつ具体的には何等の関与もしていないこと、が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。よつて被告会社の代表機関の故意又は過失ある行為を前提に、被告会社に対し民法第四四条・第七〇九条により、その責任を追求する原告の主張は理由がない。

然るところ、前記認定の事実によると、本件記事による原告の名誉毀損は、被告会社の被用者である道村記者の本件記事の取材並にその作成行為及び同川越編集主任の本件記事の編集行為に基くものであると認められるので、右各行為は、いずれも右名誉毀損に対し、直接の因果関係を有しているものと云うべく、従つて、右両名は被告会社の事業を執行するにつき、原告の名誉を毀損したものであると云わなければならない。しかして名誉毀損における故意とは自己の行為が他人の名誉を毀損するであろうことの認識を指すものであるところ、本件記事を取材しその原稿を作成した道村記者及びこれをそのまま採用し、これに見出しをつけて編集した川越編集主任の両名が、右記事の取材・並にその作成、編集に際し、右記事により原告の名誉を毀損するであろうことの認識を有していたことは、前記認定の諸事実のあることと新聞業務に従事する者の有する常識とに照し、当然に推知し得るところである。従つて右両名は本件記事による名誉毀損について故意があつたものと云うべく、仮りに右認識がなかつたとしても、右諸事実のあることと右常識とに照し、その認識のなかつたことについて、少くとも重大な過失があつたものと認定するのが相当である。

次に被告は、本件記事中原告の名誉毀損に関する部分は、裁判長たる原告の職務の執行に関するものであり、かつそのうちの主要な部分、即ち原告が判決前に取調官と取引したと疑われても止むを得ない事実のあることについて真実証明があるから、被告に不法行為の責任はないと主張するので、この点につき考えるに、本件記事中原告の名誉を毀損する部分は、原告が裁判長として行つた職務の執行に関するものであるから、それが公益に関するものであることは疑いのないところ、かかる公共の利益に関する事実を新聞に掲載発行して他人の名誉を毀損した場合において、その行為が専ら公益を計る目的に出で、かつその記事が真実であること、又は真実であると信ずるにつき相当の理由があることの証明がなされたときは、違法性を阻却し、不法行為の責任を負わないと解すべきであるが、右真実証明の対象は新聞報道の迅速性の要求と、客観的真実の把握の困難性等から考えて、記事に掲載された事実のすべてにつき、細大もらさずその真実であること迄の証明は要しないが、少くともその主要な部分において之が真実であるとの証明は、之を必要とするものと解すべく、これを本件について云えば、右真実証明のなさるべき主要部分は、「裁判長として所謂養老事件の審理を担当していた原告が、その判決直前に右事件の捜査に当つた取調官と事件につき会合し、同事件において争われている問題点(取調時間等)につき互いに意見を交換して不正に事件の内容を取引したこと」、乃至は「一般人の常識から云つてそのような取引をしたと合理的に疑うに足りる客観的事実の存在すること」であつて、「被告人又は弁護人が、些細な原告の言動をとらえて右の如き疑をかけ、その立場から憤まんをもらすにつき、やむを得ない事情があつたこと」だけでは足らないと解すべきである。蓋し、新聞業務に従事する者が、本件の如き審理中の事件に関する裁判長の言動を新聞紙上に報道するに際しては、その業務の性質上、自己に不利益な判決を受けた当該事件の被告人又は弁護人とはおのずから異り、客観的立場に立つて、これに関するより高い真実を究明して報道すべき義務があると解すべきであるからである。ところで本件における全証拠によるも、右証明の対象たる事実が真実であること、乃至は右事実が真実であると合理的に疑うに足りる客観的事実の存在することを認め得るに足りる証拠はない。

尤も原告が昭和三一年二月二四日千葉県警察本部刑事部の主催により、さざなみ荘で開催された「裁判所警察連絡研究会」なる会合に出席したことは当事者間に争いなく、又(証拠省略)

(一)右会合のあつた当時原告が裁判長として担当審理していた養老事件は、未だその審理の途上にあり、かつ右審理の過程において、所謂自白の任意性が激しく争われていたこと、及びこれより先右事件の被告人を取調べた警察官鈴木義夫、同篠塚一治等が右任意性に関する証人として法廷で取調べを受けたことがあること、

(二)右会合には警察側から右鈴木、篠塚両警察官の直属の上司である県警捜査一課長小山田正義、同課次席田丸良太郎、同課指導係長鈴木四郎が出席していたこと、

(三)原告は右会合の席上で他の出席裁判官と共に、警察側の質問に応じ、一般的な問題として種々意見を述べたが、その中で「近頃非難されるのはしばしばおそくまで調べられ肉体的に苦痛を感じ、自白したというのが多くなつてきたが、これは刑務所のように何か記録したものがあれば、証人に呼び出されることはない、」とか、或は、警察官が証人として出廷した場合のことに関連し、「初めの検察官の尋問にも言葉少く余計なことを云わないでおれば、弁護士の尋問にも詳細な点は忘れたと答えられるが、前に余計に話しておきながら、後で弁護士の場合には忘れたと云うと、前の証言をも信憑性を疑われる結果になる云々ーー」等の発言をしたこと、

(四)右席上原告が一般的・抽象的問題として述べた中で、前記発言内容及びその他にも、養老事件で激しく論議された重要な争点及びこれに関連する若干の事項に共通する部分があること、

が認められる。しかし右さざなみ荘における会合は、養老事件の判決のあつた昭和三一年六月二九日より四ケ月以上も前のことであつて、右判決直前の会合でないばかりでなく、他方(証拠省略)

(一)右さざなみ荘における会合は、千葉県警察本部刑事部が、昭和三一年度における事業計画の一つとして、

(1)警察官の令状請求について

(2)公判上からみた警察捜査の欠陥について

(イ)調書等の作成について

(ロ)情況証拠の整理について

(3)警察官の証人出廷について

(4)その他

等の事項につき、地元裁判官から指導教示を受け、その結果を第一線警察官の教育資料に供する目的で、千葉地方裁判所にその協力方交渉し、同裁判所の応諾を得て開催されたものであること、したがつて右会合は云わば公式の会合であつて、警察官が私的に原告と養老事件につき話し合うための会合ではなかつたこと、

(二)右会合には裁判所側から公判係裁判官として原告、令状係裁判官として鈴木照隆両名の外、係書記官三名が出席したが、右原告等は、同裁判所事務局が、予め原告等の意見を聞いた上定めた人選に基き、正式に同裁判所長の決裁を得て公式に出席したものであること、

(三)右会合の席上、原告は鈴木裁判官と共に前記研究問題につき、逐次警察側と質疑応答を重ねて種々意見を述べたが、右はあくまで抽象的・一般的の問題として述べたものであつて、当時係属中の事件、殊に養老事件の問題点を指摘し、之に関する具体的意見を述べたものではないこと、及びその後県警本部刑事部では右会合の結果を県下の各警察に通達したこと、

(四)右原告の述べたことのなかには、偶々養老事件の審理中に争われた問題点に関連するものもあつたが、それは原告が日頃一般的問題として考えていたことでもあり、又当時原告の審理した他の事件で、養老事件と同じく自白の任意性が争われ、当該事件の取調べに当つた警察官が証人として法廷に喚問された事件(例えば砂田信一に対する強盗殺人事件、小高喜久夫に対する強盗殺人事件等)にも、広く共通に関連することであつて、特に養老事件に関連して述べたものではないこと、

(五)尚、原告は右協議の終つた後、県警本部の費用で催された会食に出席したが、これも一般に会合のあつた際儀礼的に催される通常のささやかなものであつて、特に問題とするに足る程のものでないこと、

が認められ、(中略)右認定を左右するに足る証拠はない。したがつて原告が右さざなみ荘における会合に出席し、警察官と意見を交換したことは、その日時・目的・質疑の模様等からして、何等養老事件につき、その判決直前、取調時間等を内通して不正に事件の内容を取引したのでもなければ、又一般人の常識から云つて、そのような取引をしたと疑われるようなものでもなかつたと云わなければならない。よつて本件記事につき真実証明があること、及びこれを前提に正当業務行為であるとの被告の主張は理由がなく失当である。

被告は更に右道村記者及び川越編集主任が、本件記事中、前記真実証明の対象たる事実が真実であると信ずるにつき、相当な理由があつたから被告会社に不法行為の責任はないと主張するので、以下此の点につき判断するに、本件記事が取材編集された経過については、(中略)次の事実を認めることができる。すなわち、

(一)(1)かねてから養老事件に関心をもつていた道村記者は、昭和三一年一一月下旬頃、国鉄総武線の電車内で偶々右養老事件の主任弁護人であつた牛島弁護士から、右事件につき来る一二月一・二日の両日、東京高裁第五刑事部が現場検証に来る旨聞知し、改めて同事件について一審判決後の経過等を取材報道しようと考え、まず右事件の被告人伊東勝外二名提出にかかる乙第一三号証乃至第一五号証の控訴趣意書及びその弁護人等提出にかかる乙第二五号証の控訴趣意書を調べて之を検討したこと、

(2)ところが、そのうち伊東勝提出にかかる乙第一三号証の控訴趣意書に、右事件の裁判長であつた原告が、判決直前に警察官と会合して事件の内容を取引した疑がある旨の主張がなされていることを知り、大いに驚きかつ興味をもつたこと、

(3)そこで右道村は同月二六七日頃牛島弁護士宅に電話で右事実の有無を確かめたところ、「裁判官直系の書記官から聞いたから間違いない」旨の回答を得たので、更に右会合の日時・場所等につき、裏付を得るため、その翌日頃裁判所に赴き、養老事件の係書記官であつた大野正光に之を確かめたところ、知らないとの否定的回答があり、同日県警本部会計課長に尋ねても右会合の有無はわからなかつたこと、

(4)ついで今度は警察の会合に屡々用いられていた永楽及びさざなみ荘に右会合の有無を尋ねてみたところ、同年五月八日か、二月頃、県警本部捜査一課の会合が同荘で催されたことはわかつたが、之に裁判長である原告が出席したか否かは判明せず、同日県警本部捜査一課長等に会つて尋ねても、要領は得られなかつたこと、

(5)その後原告を始め、赤田現県警本部長や元県警本部刑事部長鈴木兼吉等に電話で右会合の事実を確かめたところ、原告からは「日時はわからないが、会合したことはある。しかし養老事件について話したのではない、」旨の、又右鈴木元刑事部長からは「多分令状の問題で会合したことはあるが、養老事件について話さない」旨の回答があり、いずれも養老事件につき会合したことを否定する回答があつたので、再び牛島弁護士宅に電話して右調査の結果を告げたところ、同弁護士から「令状の問題が主であるかどうか知らないが、公判前に裁判官がそういうところに出るのはおかしいーーーよしんば令状の問題としても非常に大きな問題だ云々」と云われたこと、

(6)以上の如き調査の結果、道村記者としては、養老事件の判決前に原告が出席して開かれた県警本部刑事部主催の会合のあつた日時、その目的及び具体的な内容等については何等はつきりしたことを掴み得なかつたのに、それ以上の調査もせず、同月二九日夜、前記東京高裁第五刑事部の証拠調の前日である同年一一月三〇日の毎日新聞朝刊千葉版に間に合わせるため、取り敢えず右取材した資料に基き、本件記事(但し東京高裁刑事五部とある部分の記事は除く)の原稿を作成し、千葉支局を通じて之を東京本社に送つたこと、

(7)尚その後道村は念のため、県警捜査一課次席田丸良太郎に会つて右会合のことを確かめたところ、同会合は同年二月二四日さざなみ荘で令状研究の目的で開かれたことがわかり、早速その旨を田丸次席談として原稿にしたため、東京本社に送稿したこと、

(二)一方川越編集主任は、右道村記者から送稿された本件記事の原稿を受領するや、原告の名誉を毀損するおそれのある右記事内容が、真実に合致するか否かを調査検討することなく漫然之を採用し、前述の「裁判長取調官と取引き」なる見出しをはじめ、その他所要の見出しを付して編集し、印刷に廻したこと、

が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。してみれば被告会社の道村記者は本件記事の取材に際し、伊東勝主張の原告が取調官と事件の内容を取引したとの事実につき、牛島弁護士からその旨聞いた外は、右事実を疑うに足りる何等の具体的資料をも掴んでいなかつたものと云うべきであるから、同記者及び同記者作成の原稿をそのまま採用した川越編集主任が、本件記事内容を真実であると信ずるにつき相当な理由はなかつたものと云わなければならない。よつて此の点に関する被告の主張も亦理由がない。

以上の次第で、本件記事を掲載した新聞が発行・販売されて原告の名誉が毀損されたのは、被告会社の取材記者及び編集主任の故意又は過失ある取材及び編集行為による不法行為に基くものと云うべきところ、被告会社がその被用者である右取材記者・編集主任の選任・監督につき、相当の注意をなしたことについては何等の主張・立証もないから、被告会社は民法第七一五条により右不法行為の責任を負うべき義務がある。

そこで最後に本件記事により毀損された原告の名誉回復の方法及び原告の蒙つた損害の額について考えるに、(一)、原告は大正一二年三月東京帝国大学法如部英法料を卒業した後、昭和二年一二月福岡地方裁判所小倉支部兼小倉区裁判所予備判事に任官し、爾来昭和三二年一一月一四日千葉地方裁判所判事を退職する迄三〇年間裁判官の職にあつたもので、特に本件記事掲載当時は、千葉地方裁判所刑事合議部の総括者、常置委員、いわゆる上席部長の職にあつたことは当事者間に争いなく、かかる原告の経歴、職業、地位、(二)、(証拠省略)原告としては本件記事が掲載されるまでは、終生裁判官として終りたいと念願していたが、本件記事が掲載されたため、上級官庁に弁明報告をせざるを得ない立場に立たされ、更に本件記事の発端は牛島弁護士にあると考え、本件記事による世間の疑惑を払拭するため、同弁護士を告訴するに至つたこと等もあつて、遂に昭和三二年一一月一四日裁判官の任期満了を機会に退職するに至つたこと、(三)、本件記事を掲載した新聞を発行した被告会社は全国屈指の大新聞社であつて、本件新聞記事の発行部数も約一〇万部であつたこと、(四)、新聞報道による名誉毀損が所謂マスコミの威力によつて、強力且広範囲に亘るもので、従つて、その被害は甚だ高度のものであると認められること、従つて、又、その精神的苦痛の程度も亦高いものであると認められること、(五)、(証拠等省略)本件記事による名誉毀掲の内容、原告の受けた精神的苦痛の特殊性及び右記事の社会的影響、その影響が今なお存続して居ることその他諸般の事情を考慮し、原告の名誉回復の方法として、原告のため、被告会社に、朝日新聞、読売新聞及び被告発行の某新聞の各朝刊千葉版に各一回宛主文第一項掲記の謝罪広告を掲載せしめ、又、精神的苦痛に対する慰藉料の額は金七〇万円と算定するのが相当であると認める。従つて、被告は原告に対し主文第一項記載の謝罪広告を為すと共に、慰藉料金七〇万円及びこれに対する本件記事掲載の新聞を発行した日の翌日である昭和三一年一二月一日以降右支払済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて原告の本訴請求は右の限度で正当であるから之を認容し、その余は失当であるから之を棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第九二条本文を適用し、尚仮執行の宣言はその必要がないから之を付さないで、主文の通り判決する。

千葉地方裁判所民事部

裁判長裁判官 田 中 正 一

裁判官 後 藤  勇

裁判官遠藤誠は退官につき署名押印ができない

裁判長裁判官 田 中 正 一

(別紙新聞記事省略)

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